人物を知る

福光に生まれ、時代に足跡を残した人。福光を舞台に活躍した人。

松村謙三140

松村謙三まつむらけんぞう(政治家)明治16年~昭和46年(1883年~1971年)

衆議院議員当選13回、政治意識の高い支持者に支えられ清潔選挙を貫いた。戦後、農林大臣として宿願の農地改革を主導し豊かな農村の礎を築く。日中国交回復に晩年をささげ大きな足跡を残した。

河合良成140

河合良成かわいよしなり(実業家・政治家)明治19年~昭和45年(1886年~1970年)

戦後、松村謙三農相に誘われ次官として食糧難の解決に尽力した。国会議員、厚生大臣を務め政治家としても活躍する。大企業コマツを育てた実業家、中国とロシアとの貿易を推進した財界の長老として日本の経済発展に残した功績は大きい。

山本宗平140

山本宗平やまもとそうへい(教育者)天保12年~明治39年(1841年~1906年)

金沢に生まれる。明治6年に地元有志の懇請により福光小学校に赴任。以来34年間、66歳で逝去するまでに自己の職責に対し精励恪勤し、地方教化に専念。門下に松村謙三、谷村一太郎はじめ多くの国家・社会に有為の人材を輩出した。

石崎光瑤140

石崎光瑤いしざきこうよう(画家)明治17年~昭和22年(1884年~1947年)

西町の旧家に生まれる。12歳で金沢の山本光一に師事し、19歳で京都の竹内栖鳳(たけうちせいほう)の門に入る。尾形光琳(おがたこうりん)風の華麗な装飾風花鳥画にすぐれ、写意的な作品が多い。ヒマラヤ登山や民間人として初めて剣岳を登頂している。中央図書館がある場所が誕生の地。

松村秀太郎140

松村秀太郎まつむらひでたろう(彫刻家)明治年21~昭和46年(1888年~1971年)

新町村に生まれる。東京美術学校彫刻科を卒業し、美濃陶器工業学校に奉職後、高岡工芸高校で教鞭を取る。木彫、彫塑他作陶に卓れる。秀太郎が自宅に築いた窯で作陶した「秀太焼」が「福光焼」の始まり。

棟方志功140

棟方志功むなかたしこう(板画家)明治36年~昭和50年(1903年~1975年)

一家で昭和20年4月~昭和26年11月(1945年4月~1951年11月)まで福光に疎開。在福中の21年に「鐘渓頌板画巻」、23年に「瞞着川板画巻」、24年に「女人観世音板画巻」など多くの作品を発表。世界の棟方に成長していく。